記事 木村正人2015年05月13日 19:16【大阪都構想】京大・藤井教授が橋下市長に反対する「分かりやすすぎる理由」
木村正人の記事より転載します。

インターネット上で橋下徹・大阪市長と一時、泥仕合の論戦を繰り広げるなど、「大阪都構想」反対派の代表格である安倍政権内閣官房参与、京都大学大学院工学研究科の藤井聡教授が都構想に反対する理由を自分なりに考えてみた。

2011年7月の「日経グローカル」に掲載された平松邦夫・大阪市長(当時、市長在任は07~11年)のインタビューが興味深い。平松氏は「大阪府はいらない、道州制が一番良い」と述べ、二重行政の無駄を認めている。

大阪市は「大阪府をいらない」と邪魔者扱いし、大阪府は「大阪市の権限が大きすぎる」と考えていることをこのインタビューは浮き彫りにしている。片方の馬が右に進めば、もう片方の馬が左に進む「2頭立ての馬車」を想像していただければ、答えは簡単だ。

2頭の馬を一体化させた方が2馬力になる。これが大阪都構想の根幹をなすアイデアだ。そして、大阪市と大阪府に巣食う既得権益を打破する。公選の特別区長を5人つくることで、よりきめ細かい住民サービスを目指す。

大阪市を解体し、5つの特別区を作ったからと言って、すべての問題が一夜にして解決するわけではない。みんなでアイデアを絞って大阪の活力を取り戻そうというのが大阪都構想のチャレンジだ。で、平松氏のインタビューで筆者が注目したのは次の部分だ。

「(大阪)市役所には京土会(京都大学の土木関係学部卒業者の閥)があった。市長になってからノーと言ってきた。市役所の計画調整局に関係する事業でも、建設局や港湾局に関係する事業でも、何でこんなものを造ったのかと思うものは、ほとんど京土会が造ってきたからだ」

「山ほど不要なものを造り、負の遺産として残っている。お金がいっぱいあったときは、埋めたら土地が売れた。こうした流れの中で、市役所内で実力者になってしまった方が何人かいた。土木系の副市長は歴代必ずいたが、私は建築系の人に変えた。流れを一度止めるためだ。ただ、土木職には優秀な人材は多いので、大阪市域にとどまらない大きな絵を描く上で腕をふるってほしいと思っている」

そこで藤井教授の経歴をウィキペディアで調べてみた。

1991年 京都大学工学部土木工学科卒業

1993年 同大学院工学研究科土木工学専攻修士課程修了、同工学部交通土木工学教室・起終点施設学研究室助手

1998年 博士(工学)(京都大学、学位論文『生活行動を考慮した交通需要予測ならびに交通政策評価手法に関する研究』)

藤井教授も、京都大学の土木関係学部を卒業している。さらに著作の一部も紹介しよう。

『正々堂々と「公共事業の雇用創出効果」を論ぜよ――人のためにこそコンクリートを』(日刊建設工業新聞社、2010年)

『公共事業が日本を救う』(文藝春秋[文春新書]、2010年)

『列島強靱化論――日本復活5カ年計画』(文藝春秋[文春新書]、2011年)

『救国のレジリエンス――「列島強靭化」でGDP900兆円の日本が生まれる』(講談社、2012年)

子供でもすぐ見抜けるような屁理屈を並べて、藤井教授が都構想をボロクソにこき下ろす理由は何なのか、ずっと考えてきた。しかし、この構図はあまりにも分かりやすすぎる。「大阪のためにこそコンクリートを」と、いろんな物を作って赤字を垂れ流して生きたのは、平松氏によれば、大阪市役所の「京土会」という派閥である。

大阪市が解体されれば、「京土会」も腕のふるいようがない。『正々堂々と「公共事業の雇用創出効果」を論ぜよ――人のためにこそコンクリートを』と言われて、「大阪にはコンクリートがもっと必要です」と今でも相槌を打てる人は、藤井教授のようによほど根性の座っている人だ。

「ライト(右)」か「レフト(左)」の時代は終わった。「知恵者の心は右にあり」(聖書)とも言われる。大阪市民の皆さんが「Right(正しい)」か「Wrong(間違っている)」で判断されることを心から願っている。

以上
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